■2 ぼくらの「主体的で対話的で深い学び」

浅野 最近、広域の大規模災害が毎年発生しているのですが、エネルギーや生活物資の多くを所管している経済産業省は、毎回、大量の職員を現地派遣しているんですよ、被災地に。私も、2018年の西日本豪雨災害でも、2019年の台風19号災害でも、初動の1週間ほど、この業務に従事しました。

私が派遣された県には、こういった避難所があったわけです。「夜寒くて眠れない」という避難者の声があって、市役所に聞いてみると、ジェットヒーターを導入して限界まで稼働させています、とおっしゃるわけです。

でも、この構造を見てみてください。これは、暖められた空気が上がっていって、冷やされやすい構造ですよね。ジェットヒーターをこれ以上何台投入したところで限界があり、逆に重い二酸化炭素は下に溜まり、床に雑魚寝している避難者の方々が頭痛を訴えだす恐れもあります。

そこで、他の選択肢はないのかと。電気毛布は? 電気カーペットは? こたつはどうか? そうして見たところ消費電力が少なさそうなので、やっぱり電気毛布になるんじゃないかと。ところが、そういう選択肢がなかなか並ばなかったわけですよ。

また、そもそも「夜寝る時に寒い」というお題なのであれば、まず床に雑魚寝するのをやめさせればいい。ダンボールベッドで高さを確保して、その上に寝て、かつ電気毛布があれば十分じゃないかと考えて、ジェットヒーターの代わりに電気毛布とダンボールベッドを人数分送ったんです。義務教育レベルの理科の知識はこうして活かすべきもののはずです。

前田 なるほど。

浅野 他の避難所でも同じことがありました。そこでは、200人避難する避難所にダンボールベッドと電気毛布を200セット発送しました。

とりあえず、先に100個は届きました。でも、それが2日経っても展開されていない。どうしてなのでしょうと聞けば、200人いるのに100個しか届いていないので、「平等じゃないから」といって配らないらしいんですよ。これもまずいなあと思いました。

「平等」という言葉を、よくよく議論もせずに単なる記号として捉えていると、こういうおかしな事が発生するわけですよね。

前田 クロスロードのゲーム注3みたいですね。

浅野 また、「この状態でダンボールベッドを送られても、入りません」なんて言う。そりゃ、今のままの状態では入らないでしょう。ただ、整理をすれば、入らないわけがない。だって200人が寝ているということは、200人分のスペースはあるのだから。

だから、市役所の人たちに「この場所は何平米ですか? 図面はあるんですか?」と尋ねました。「1個当たりのダンボールベッドは何平方センチですか」と。簡単な算数ですよね。

あとは、自分の陣地だとスペースを陣取って絶対他人に譲りたくないとか言う人たちがいるなら、説得すればいいじゃないですか。図面を描いて、あなたには何平米分ちゃんとあげられますよ、と。それも小学校の算数と、道徳や特別活動のレベルの話ですよね。

前田 たしかに、そうですね。

浅野 実はこれ、今回だけじゃないんです。去年も一昨年も、数年前の熊本地震のときもそうだったし、毎回毎回、全国の避難所の中では似たような笑えない話が発生しているわけです。つまり、こういう場面で、静かに行列して配給をもらうとか盗みや暴動を起こさないのはいいんですが、火事場を仕切って環境を整える力は今の我々には足りない気がします。

私はこれこそが「生きる力」かなと思います。それは、未来社会を創る力とかだけでなく、「今の社会を回す力」なわけです。しかも、必要な知識はせいぜい小学校の算数や理科、中学校の理科です。その知識を使って、みんなで特別活動的にその場でルールを作って回していく課題解決力。必要な基礎知識を使いながら、現場で問題を解決していく力です。

前田 問題の本質を見抜いて、その周りの人たちと協働しながら解決していく力が足りないということですよね。

浅野 だからぼく、「災害STEAM教育」を、これから作る学校向けのSTEAM教材ライブラリーの中に入れていきたいと思っているんです。

それは実はサバイバルゲームで、電機やエネルギー、食とか健康という、要するに人の生存の可否に関わる基礎的なインフラの話で、それ1つでいくつもの学びが得られるプログラムができるのではないか。いま必要なのは、そういう学びなのではないかと思っています。

前田 つまり、経産省がやろうとしてることは、そういうことができる力を育てるために教育を変えようということですね。

浅野 そうです。それだけで十分。義務教育課程は、それで十分だとも思います。

前田 文部科学省とのアプローチの違いは、そこだと考えればいいんですかね。

浅野 「主体的で対話的で深い学び」って、ぼくらが翻訳するとこれになるんですよ。

注3)クロスロード:阪神・淡路大震災で、災害対応にあたった神戸市職員へのインタビューをもとに「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」(文部科学省)の一環として開発されたカードゲーム形式の防災シミュレーション教材。問題カードには、「3000人いる避難所で、2000食を確保した。この食糧を配るか配らないか」など、どちらを選んでも何らかの犠牲を払わなければならないような「ジレンマ」が多数ある。
http://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h20/11/special_02_1.html