【横山験也のちょっと一休み】№.2079

◆大塚初重先生の話◆
日曜日に拝聴した考古学の大塚初重氏の話の続きです。
大塚氏が明治大学で考古学の勉強を始めたころのことでしょうか。
考古学の後藤先生から、「棺桶をやりなさい。」と言われたそうです。
「考古学で棺桶を専門にやっている学生はいない。」というのが理由です。

それからしばらくして、大塚氏が京都大学へ行ったら、「お前が棺桶の大塚だな」と京大の先生に言われたそうです。

こういう人生の流れ、いいですよね。
思い浮かぶ先生がいます。

大阪の丸岡先生は「銅像教育」の大家になりました。
小学校の先生で銅像を教育的に研究する人はいません。
誰もやらないけど、銅像には輝くような教育が詰まっています。

東京の薮田先生は「家訓教育」の道を進んでいます。
こちらも、小学校の先生で研究している人が一人もいません。
たった一人でも、歩んでいるとオッと思うような気付きが出てきます。
どんな気づきかは、ここでは書きませんが、近い将来が楽しみです。

不思議なものなのですが、こういった異名・代名詞・看板を持つと、人は妙な集中力を生み出します。
自分からそれに関してのアンテナを高く伸ばすようになります。
すると、黙っていられなくなり、自分から看板を語り始めます。
そうなってくると、類する情報がいろいろな形で自分のところに届くようなります。
そうして、時々、看板に酔うような感覚も生じます。

丸岡先生も薮田先生も、それぞれの看板を持ちつつも、道徳では道徳読みを研究的に実践しています。
一つ看板を持つと、あと2つ3つは問題なく看板を持てるようになります。
「勉強する」とか、「努力する」とかが、楽しみと感じるようになっているからです。

「棺桶をやりなさい」と言った後藤先生。
きっと、とてもまじめでありながら、変わったことも大好きな、すっごくいい先生だったのではないかと、大塚先生のお話を拝聴しつつ思いました。

◆5分間視写◆
今日も宇佐美寛先生の『教師の文章』を視写しました。

いや、授業で重視すべき目標が見えないから、対応しようもない。(p19)

「授業で重視すべき目標」。
ここを読むと、ルワンダでのブートキャンプを思い出します。
目標を明確に設定したことが、英語版算数ソフトを使った授業を大成功に導きました。
ソフトの存在だけでも、非常に大きな成果は期待できましたが、目標の明確化は指導をする現地の先生のエネルギーを集中させる大きな力となりました。

宇佐美先生の本を読み返しつつ視写していますが、ペースがゆっくりな分、あちこちの言葉に感動をしています。

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