「主張ある道徳授業を創る!」セミナーで、道徳の形として一番重要な「姿勢」の話しをしました。
話しは極めて簡単に「あなたの姿(すがた)に勢(いきお)いがありますか」と、訓読みをするところから入りました。
訓読みというのは、日本人にとっては、意味が分かる読み方であり、そこには日本人の思想が込められているとも受け取れる読み方です。

基本は椅子の奥に座ります。
背もたれにはもたれません。
姿勢良く座り続けていて、疲れたら、そっと背もたれにもたれて、また元気になったら姿勢を良くします。

セミナーに参加していた鈴木文男先生から、「姿勢のお話は、卒業式が迫っているためたいへんありがたく拝聴しました。」とメッセージをいただきました。
卒業式の練習では、呼びかけ・歌・返事・証書のいただき方・歩き方など、いろいろと指導する内容があります。どれもこれも、目立つところの指導なので、自然、指導にも力が入ります。

これに比べて、座った時の姿勢は、実に地味です。ですので、通常はぐらぐらしないで座ってさえいれば、それで良しとされます。
ところが、この地味な姿勢がきちんとできるようになって、そんな子がそろって椅子に座っていると、「お見事!」と言いたくなるような光景になります。
「人間ができている」という雰囲気も漂ってきます。
なぜでしょう。
日本人は、「直」を好み、「曲」を好まないからです。
正直者は好きですが、曲者(くせもの)は好まれません。
姿勢という言葉を使う時に、「良い姿勢」「正しい姿勢」「姿勢良く」「姿勢を正して」と、「良い」とか「正しい」という言葉がついて回ります。
「良い」「正しい」がついている姿を全員の子がしていたら、その子たちはみんな良くて、正しいのです。
そう言う姿を人々は見事と言うのです。
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