【横山験也のちょっと一休み】№.3375

小学校の1年生を担任すると、算数の時間に、指を使って計算する子を見ることがあります。
この指で数を数えることは、万葉集にも出てきます。

山上憶良の歌です。

秋の野に 咲きたる花を 指折りて かき数ふれば 七種の花

指を折って数えてみたら7種類あったということです。

指を折って数えるのですから、花がもっとあったら8種、9種、10種…となっていきます。
指に対応した、十進法がすでに習得されていることがわかります。

山上憶良は奈良時代の700年頃に、都のある奈良で活躍をしていた人です。

こういう歌の他にも、万葉集には「十六」を「シシ」と読ませる歌もあり、算数はかなり浸透していたように感じます。

明治22年に発行された『東京人類学会』という雑誌に、近江国の高島郡今津村での指を使って数える数え方が載っています。

指を折りながら数えるのですが、5の時は「手1つ」と言います。6は「手1つ指1つ」、7は「手1つ指2つ」。
そうして、20は「人一人」となります。

1300年も前の山上憶良たちは、今のような数え方をし、九九も理解していたのですが、都に近い近江の村では、明治初期でも「手一つ」「人一人」です。

大きなギャップを感じます。

今の時代は、都から近かろうが遠かろうが、小学校に上がれば、「10や20は当たり前!」となり、かけ算九九も2年生でほぼできるようになります。
全国津々浦々、均一に学習が進んでいるのが今の時代です。

その今の時代に生きていると、昔も同様に、全国津々浦々同程度の教育があったように思えてしますのですが、憶良の教養と近江の村の話がそれを打ち消してくれます。
均一に学習が進んでいるのは、明治以降の義務教育が発達してからの賜物で、長い歴史の中ではまだまだ短い期間の特殊な状態と言えます。
そう思うと、小学校は実にすごいことを全国展開している場であると痛感しますし、私のルワンダでの取り組みも、しっかりやらねばと思います。
小学校教育は実に重要なのです。

下の2冊は、私の書いた本です。
かなり面白い教材が載っています。


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