■4.新しい学習指導要領の目指すところ

前田 私のいる熊本市は去年の10月に2万4000台のiPadが導入され、今、ものすごい勢いで学校教育が変わってきています。明らかに変わってきたなと思う一方、ただタブレットが入っただけでその他は何も変わらない学校もあるのです。

変わる学校と変わらない学校の違いは何かというと、変わらない学校では、先生方が基本的に自分たちの授業スタイルは変えずに、自分の授業のどこにICTが使えるかという思考の仕方をするんですよ。

一方、明らかに変わったなと思うのは、さっき室長がおっしゃったような、どういう人間を育てるのかというコンセプト、方向性が明確になっている学校は、それに向かってICTを使おうとなるので、はっきり変わっているんです。明らかに子どもたちが学習の主体者になっていて、総合的な学習の時間とか委員会活動とか、そういういわゆる特別活動で学んだことを本当に上手にプレゼンしているんですよね。

そこはしっかりと、重視しなくちゃいけないところなのだろうと思います。

板倉 全くそう思います。今回、学習指導要領が重視していることの中に、「教科横断的な指導」というのがあります。これは、教科横断的な指導をすることが目的ではなく、「こういうコンピテンシー、『資質・能力』を育てたいから、結果として教科横断的な指導になる」というわけですよね。

つまり、大事にしなければならないのは、どのような「資質・能力」を育成したいのか。そのために、どういう授業を作るのかという話なんです。先に、単に与えられた教材をこなすだけではなく、教員が、その子どもや地域等諸々の状況を考えながら、この子たちをどのような人間にしたいのか、もちろんそれは人によって目的が違うかもしれません、それをどうやって提示していくか。そういうときに、前田先生がおっしゃったように、ICTをうまく使っていただければ、子ども一人一人に合った、その子が実現できるであろう「資質・能力」を育成していく、その方向に持っていけるのではないかと思っています。

前田 自分は変わらないまま、自分の授業のどこにICTが使えるかという話になってしまうと、肝心要の「資質・能力」が抜けてしまうのですよね。そういった意味で、今おっしゃったような、「どのような人間を育てたいのか」ということを、学校全体で共有していくことが、われわれ教員が考えなければいけないところなのでしょうね。

前田 さらに、この新しい学習指導要領が、学校関係者だけで収まってしまうのは、非常にもったいないと思っています。

校長先生が新しい学習指導要領は「社会に開かれた教育課程ですよ」とは伝えることはできたとしても、せいぜい先生方と保護者だけですよね。でも、本当は多分、狙っているところというのは、もっと大きな話で、地域の人だとか、企業だとか、そういう人を巻き込みながら子どもを育てていこう、そのことによって社会をより良い方向に変えていこうということが、理念としてあると思うんですけども……。

板倉 それこそ、「資質・能力」の育成ということだろうと思うんですよね。

ある教科を教えるということに関しては、教師がプロフェッショナルだと思います。ただ、その教科を教えるというという行為は、どのような人間になってほしくて、どのような「資質・能力」を身に付けさせたくてしているのかという部分、とりわけ「どのような人間に育てたいか」ということに関しては、私は、学校外の方々も共有できる部分だと思うんです。

例えば、学習指導要領が目指す基盤的な「資質・能力」の例として、「言語能力」、「情報活用能力」、「問題発見・解決能力」が挙げられていますが、こういった力は、おそらくどなたにも必要だと思っていただけると思います。そういう能力をつけさせるために、自分にもできることがあるはずだと思っていただけると、すごくありがたいですね。

学校内に止まらず、その地域資源も利用しながら、学校外の方々の力もお借りできるようなかたちで、風通しよく皆がチームとして子どもたちのためにやっていければ、一番いいのかなと思います。

前田 そうすると、学校としては、そういった地域の人材を含めて、リソースをよく知っておくってことがポイントになってきますね。

板倉 すごく大事だと思います。それについては特に管理職の先生方のお力に頼るところになるかと思いますが、結局、学校にいる時間というのは、当たり前ですが、子どもたちの生活で見れば、一部ですよね。大体1日、長くても7、8時間程度。週5日で、6時間目まであったとしても、土日休日もあるわけですから、学校外にいる時間のほうがずっと長いわけで、より教育効果を高めようとするのであれば、当然その子が、学校外にいるときにでも、どのように成長しようとしているかということに視点を持つ必要があります。すると当然、保護者の方や地域の方々との連携も必要になってきますし、一人一人の先生方も、より社会との関わり方、子どもたちがどういう生活をしているかということに対しても関心を持っていただくことが大事だという気はしますね。

前田 それは子どもたちの育つ地域のみんなでできる教育だということですね。

だとすると、対象は子どもに限らず、全ての日本人が、持続可能な社会の創り手として、自分たちもまたその一員として関わっていく姿勢が必要だということですよね。

板倉 そういうことだと思います。そういう意味ではコミュニティースクール、あるいはコミュニティースクールのような形で、地域と学校が一体化している所もいっぱいあると思います。そういう所はむしろ牽引できるのかもしれないという気もしますね。

前田 学校教育の中で私たち教師は、ともすると、どういう人間を育てたいのかということを、忘れがちになってしまうところもあって……。

板倉 そこなんです。実は私、今回の指導要領の話をするときに、どれか一つと言われると、私はそこから話すようにしています。目的が何かということです。教育の目的が何かといったときに、「資質・能力」を育てるところにあり、そのための教科教育であることだと思うんですよね。

前田 そうですよね。私どもは教科教育に携わった人間は、その教科ばっかりになっちゃうんですよね。だから、その教科、例えば美術でいうならば、いい作品を作らせたいと。

板倉 よく分かります。

前田 実は私、反省として、いまだにすごく覚えてるシーンがあるのです。6年生の女の子がすごくいい絵を――僕はそのとき、いい絵を描かせるにはどうしたらいいかということにすごく関心があって――指導していい絵を描いた。その絵は、本当にどこに出しても恥ずかしくない、いい作品だったんです。

評価を終えた後、子どもたちに作品を返しました。ところが、返したら、その女の子はその作品をぱっと折り始めて、折ってごみ箱に捨てちゃったんですよ。

板倉 気に入っていなかったのでしょうか。

前田 それがすごく自分の中で、ひっかかった。自分は何をやっているんだろう、と。要するに、作品を作らせることが目的になってしまっていた。本当は、子どもたちがみんな、いい作品――自分が納得するいい作品を作って、それを大事に持って帰って、家で家族に「ほら」って見せられるような、そういう子どもを育てたいなと。

板倉 そう思える前田先生は素晴らしい先生ですね。今の話は本当に含蓄のある話です。

一つには子どもは、自分が伸びているところとか、苦しんでいるところを教師に見てもらいたいのがあると思うんですよね。学習にはその意味もあるわけですよね。もしかしたら、その子が捨てた理由というのは、前田先生が言うように作っただけで自分の創意工夫がなかったから好きになれなかったのかもしれない。良くない例は、夏休みの宿題を親がやってしまうみたいなことがありますね。子どもたちの成長をきちんと見てあげ、どこでつまずいたか見て、そこに対してアドバイスをしていくということがとても大事だと思うんです。

結局、過程を評価してあげること。今日、評価の話はしませんでしたけども、プロセスを見てあげるということは、これからすごく教育で大事になってくると思いますね。

前田 だから、プロセスをきちんと評価していって、子どもたちの「資質・能力」を伸ばすような形成的な評価がすごく必要なんだろうなと思いますね。

板倉 そう思いますね。新学習指導要領において、その形成的な評価の重要性はより高くなってくるだろうと思います。

「エージェンシー」だとか目新しいワードが前面に出ることが多いのですが、大事なのは、そこではなく――まさに「作品」ではなくて、その子がどこでつまずいたり成長しているか、その過程を見てあげて、そこを褒めたり、アドバイスしてあげたりして、その子どもの成長につなげていくことをもっと重視するということが、話は戻りますが、昭和や平成の前半で行われていた教育のほうがあったかもしれないと考えてもいいと思うんですよね。

前田 たしかにそうですね。分かります。それは、学校の教員をやっていて感じるところですね。この話をきちんと学校の教員に伝えると、先生たちは非常に喜ぶんじゃないかなと思います。本当にみんな自信をなくしてしまっているところなので。

板倉 それは本当に良くないと思っています。全人格的な教育は確かにやってきているのですよ。なので、古いものが良くないなんてことは全然ないです。ただ、新しい課題に重点化できるような取り組みや改善は、していかなければならないと思いますね。

前田 本日のお話を受けて、先生たち、きっと頑張ってやれると思います。
本当にありがとうございました。

(了)