これからの時代に向けた教育の指針となる新しい学習指導要領。ところが、最初に話題になったのは「アクティブ・ラーニング」。後から「主体的・対話的で深い学び」に変わったとはいえ、そればかりが取り沙汰され、本当の狙いが見えていないのではないかという思いがありました。

また「社会に開かれた教育課程」。これは、学校と保護者だけではおそらくうまく実現できないので、もっと広く知ってもらうためにはどうしたらいいのかということが、問題意識としてあります。

そこで私は『まんがで知る 未来への学び』という本の中で、新しい学習指導要領の2年後の姿を描いてみました。中学校を舞台に「主体的・対話的で深い学び」を口にした先生に大学院生が「なぜですか?」と問い掛け、実は先生たち自身もよくその理念が分かっていなかったというところから物語は展開します。

ストーリーを重ねるうちに、私がイメージとして描いた学習指導要領の理念について、より具体的にはっきりとした言葉で聞いてみたいという思いが募りました。

そこで、文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室の室長に話を伺ってみました。(前田康裕

【たずねた相手】
板倉寛文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室室長
経歴:
1999年文部省(現文部科学省)入省
体育局体育課、学校健康教育課、教育課程課係長、内閣官房副長官補室参事官補佐、島根県健康福祉部少子化対策推進室調整監、同県教育委員会総務課長、特別支援教育課課長補佐、大臣政務官秘書官、初等中等教育企画課課長補佐、在英国日本国大使館参事官(外務省出向)等を経て現職。

 

写真はすべて 撮影 岡村啓嗣

■1 新しい学習指導要領の背景――世界の変化
■2 世界に誇るべき日本の全人教育
■3 OECDとエデュケーション2030
■4.新しい学習指導要領の目指すところ



■1 新しい学習指導要領の背景――世界の変化

前田 新しい学習指導要領の理念について、私は非常にいいなと感じています。

板倉 前田先生が、特にいいなと思われたのはどこですか。

前田 「社会の担い手」、その持続可能な社会をつくるという点。また前文の中に、「この全ての人を価値のある存在として認める」というところがすごいなと。

それからもう一つ。あえて学力という言葉を使わずに、「資質・能力」という言葉を使ったところも、単純に知識、理解的なことだけではないことを端的に表していると感じました。

こういう社会をつくるんだという目標設定を自分たちでする、あるいは自分自身が社会に参加をしていくのだとか、感情をコントロールしながら自分の言いたいことを主張しつつ、相手の言い分もちゃんと聞きながら、対立を克服していくような力を付けるとか、そういったものがあの前文の中に全部含まれている。それをみんなでやっていきましょうという思いみたいなものを強く感じました。

板倉 そうですよね。先生も感じて良いと思った点については私もそう思っています。教育の役割については、何か特定の教科等の特定の知識を教えるということだけではなく、教育を通じて社会をより良くしていくということが重要だと思っています。

また、個人レベルでいえば、その個人の幸せを実現するというのもあると思うんです。今回の学習指導要領は、個人の幸せや社会がより良くなっていることの両方を狙ったものだと思っていまして、そこに共感していただけるとしたら、本当にありがたいと、まず思います。

 

前田 その新しい学習指導要領をつくるにあたって、社会の変化――海外も日本国内も含めて――を強く意識されたかと思うのですが、世界の潮流について今どう捉えればよいのでしょうか。

板倉 私たちが生まれた頃に比べて、今は社会の流れがどんどん速くなってきているように感じます。おそらく世界的にもそういう傾向なのでしょう。そこにはいろんな要因があると思いますが、一つは技術革新、特にICTの普及、インターネットの普及というのが要因として大きいのだろうと思っています。

私が大学で憲法の勉強をした当時、表現の自由のところで、情報の受け手と送り手の乖離というのが非常に問題になったんですよね。つまり、マスメディアがあり、そしてほとんどの人はそのメディアを一方的に聞くだけで発信ができない。それが現代社会の特徴であるという言われ方をしていたんですが、完全に今、その様相は変わりました。

今は個人一人一人が動画サイトやブログ等の作り手となり、大きな発信力を持てるようになってきていて、情報を誰が発信するか、誰が情報の大きな影響力、インフルエンサーになれるかということも、大きく変わってきています。

それは、インターネットの特徴の一つで、世界に向けて誰でも発信できる。同時にアクセスができるような形になってきていて、一気にその情報技術の進展等によって、グローバル化が進んでいるのだろうと思っています。

そのような中で、学習指導要領というのは、およそ10年に1度、改訂され続けてきているわけであって、当然ですが、2020年度から実施されるとすれば、2030年度以降を見据えてつくらなければいけない。そうしたときに、一つ間違いなく言えるのは、社会の流れ、変化が加速している中で、2030年がどのような社会であるか、今の時点で完全に予想するのは難しいということです。そのような前提で、どのように生きていくことが大事か、どうやって自己実現をして、より良い社会をつくっていけるかということが、ご議論されていたと思っています。

前田 私たちの仕事にも確実に変化が訪れてくると。しかし、学校の教員からすると、ずっと学校にいて、その変化がつかみにくかったということもあると思うんです。室長はご経歴の中で、国内では島根県、その後英国大使館でご勤務の経験もおありでしたね。例えば経済の問題からすると、今、世界の経済ではどのような変化が起きていると考えればいいのでしょうか。

 

 

 

 

板倉 経済という観点でいうと、産業形態が大きく変わっているのだろうと思います。間違いなく、第3次産業の拡大が目立ちます。日本でいえば、以前はものづくり大国で輸出が多くて、その輸出を中心にかなり国を豊かにしたところがありました。しかし、今は国境を越えて知識の共有化が簡単になり、複雑な工程でもない限りは簡単に同じようなものが作れるような時代になってきていて、製造業だけでは難しいところがあります。

さらに、物を作るという点に関しても、人件費等が安い国にどんどん移っていく。その国の人件費が高くなれば、さらに他の国へ移っていく。今は何の付加価値も与えなければ、物の値段が下がってしまうような時代になりました。

前田 そういった意味では、以前の工業立国のときのように、安くていい物を作ればどんどん売れていった時代の「モノ」に対する価値観から今度は別の価値観に移り始めたと考えられるわけですね。

板倉 そう思います。
実は、島根県にいたときに考えさせられるところがありました。

よくあるパターンとして、60歳くらいまではサラリーマンで、退職されてから家業を継いで農業をするという方。そこには、退職したから今度は農業で食べて行こうというよりは、おそらく生きがいみたいなものが多分に含まれているのではないかと思うのです。管理が大変で収入に結びつかなくても田畑を売らずに農業をし続ける方々がいる。農業という、天候や土、水、そういったものを大事にしながら、自然とつながりながら生きていくという、そういう形の自己実現をしていらっしゃる方もいるのかなと思いました。

前田 自己実現という話でいうと、よく、人生100年時代の中で、どのように生きていくかというのが、あらためて問われているところでもありますね。

板倉 世界の平均で見れば、日本以外の国も含め、衣食住の改善や医療技術の進歩等により平均寿命は延びる傾向にあるのだろうと思います。すると、特に60歳以降、70歳以降が重要になってくるところがあります。英国の場合もそうだったんですが、必ずしも定年退職というのは一般的ではなく、ヨーロッパはそもそも年功序列じゃないところが多いですから、能力で仕事をする。

卑近な例で恐縮ですが、私が英国にいたときに息子を現地の保育所に通わせたのですが、その園長先生は、確か初めて会ったとき23、4歳だったと思いますが、私が英国にいる3年余りの間に地域マネージャーに出世して、統括園長のような形でいくつも園を見ていました。彼は元々一保育士だったわけですが、業界の中で突出して優秀だとの評価をもらって、そういうポストを得ていました。

そのケースでは60歳以上の方も含めて保育所にいる全員が彼の部下として保育士をやっていました。どの組織でも、若い人が上司になることが当たり前になっているようなことが、少なくとも英国では見られました。

前田 ほんの少し前まで、少なくとも昭和の時代というのは、日本は高度経済成長期で上り調子だったのが、平成に入ってからよく分からないうちに……気が付いたらずいぶん追い越されていた。今、そういった不安があると思うのですけれども、その高齢化も含めて、われわれ日本人が、あるいは日本という国全体が、この課題を克服するために、何が必要だと思われますか。

板倉 新たな中心産業をつくっていかなければということはありますね。さまざまな観点からの課題もありますが、文化的な側面でいえば、例えば現時点では、日本の文化の力は強いのではないかと思っています。

今年の5月から8月にかけて、大英博物館が初めてマンガ展(Manga Exhibition)を開催して大成功をおさめました。2017年には葛飾北斎展もあってこちらもチケットが確保できないくらいの人気がありました。そのくらい英国では日本の文化に対しての関心が非常に高く、ヨーロッパの文化とは違う、日本の独自性に対して非常に評価が高いのです。

日本人はよく、自分達のことをクリエイティビティーがないと言いますが、世界的には非常にクリエイティブだと思われています。だから文化の力は、日本のポテンシャルの一つなのではないかと思っています。