■2 世界に誇るべき日本の全人教育


前田 学校の教員も、自分たちはクリエイティブじゃないと思い込んでいるところが少なからずあるのですよ。

板倉 そんな必要は全然ありません。
特徴的なところで言えば、日本の学校給食。なぜかというと、日本の学校給食は「教育」だからなんです。英国では学校給食を教育としてやっていません。いわゆるスクールランチはありますが、日本の学校給食では、生きた教材として地元の食材を使って、どのような人が作っているかとか、全体の栄養だとか、日本の食文化とか、そういうものを伝えているわけですよね。

英国では、たいてい学校の食堂に行くと、三つはメニューがあります。肉、魚、ベジタリアン。それを子どもたちが適当に取って食べる。食堂で食べて、食器を返したらおしまい。日本の場合は、配膳の用意を子どもたちがして、そしてさらにそれをそれぞれの子どもたちにバランスよく回すようにしている。これは英国の教育関係者に話すとすごくインパクトがあって、「そんなふうにランチタイムを使ってるのか、日本は!」ということになります。

前田 掃除もそうですね。日本でも大学は違いますが、当たり前のように学校に掃除の時間があって、子どもたちが当番や係を決めて取り組んでいますね。

板倉 そうです。掃除も海外では基本的には業者が入って、清掃する。掃除の文化もかなり驚きをもって受け取られるらしく、英国では日本の取組にヒントを得て子どもたちの活動に掃除を取り入れた学校がニュースになったりもしています。

つまり、日本の教育が当たり前のようにやってきたことが、世界的に見たら非常にユニークであり、日本の教育の良さを改めて思いました。

前田 それは板倉室長が海外に行ってこられて、改めて見えた日本の教育の良さとして感じてらっしゃるわけですよね。

今、学校の先生たち――これは私も肌で感じるんですけど――ちょっと自信がなくなっているところがあるのです。

不登校児がどんどん増えて、もう日本の学校制度も合っていないんだと言われる。加えていじめの問題があったり、すごく多忙でプライベートな時間もとれない中で、従来型の学校教育を続けていて大丈夫なのかみたいなことを言われて、先生たちも今、正直なところ、あまり自信を持てないでいます。

学校の先生の中には、自分の子どもを自分と同じ職業に就かせたいという人が少なくなってきてるようなところもあるんですよね。そういった中、職業に対する誇りというか、日本の教育の良さを言っていただけて、これを伝えると、みんなすごく喜ぶんじゃないかなと思いました。

板倉 私も問題意識としては同じで、教育の大切さというのは、どこの国でも同じでしょうけれども、日本というのは、学校において本当に全人格的な教育をしてきたと思うんです。

これも海外では当たり前なのですが、教師の役割は、教室の中で、特定教科を教えることに限定される国が多いのですが、給食や掃除にしても、あるいは部活動、さらには学校行事、そういったものに関して、日本の先生方は、子どもたちをいろんな尺度で見ていて伸ばそうとしている。本当に世界に誇るべき日本の教師の在り方だと思っています。

どうしても、流行りみたいなものに引っ張られて、今脚光を浴びている一面の価値で悪いところだけがクローズアップされてしまっているようなところがあると思うのですが、それだけではない。日本の学校教育が培ってきたものは、間違いなくすばらしいと思っています。

板倉 PIAAC(国際成人力調査)注1についてご存じだと思いますけど、この調査結果において、日本は16歳~65歳までの全ての世代において、平均を大幅に超えてトップクラスに位置していたのです。これは、世界的に見て日本だけに言えることでした。

日本の学校教育が、ずっといい成果を出し続けてきたということについて、それが実際に証明されたとも言えます。そういう日本の学校教育の中でやっている、皆さんが当たり前だと思っていることの中に、重要なことがいっぱいあるということを再認識しました。

海外で暮らし、教育の状況を意識的に見ていた日本人として、私もしっかりとそこは伝えていかなければならないと思いました。よくありますよね、どこでもそうですが、その土地でずっと暮らしている人はそれが当たり前になっているから、好きなんだけど、良さが言語化できないとか、相対的に見えていない。そういうことが、日本の学校教育にも言えると思うんです。そういう意味で、海外の状況にもよく目を向けていただけると、日本の教育っていいんだということが、ほぼ間違いなく感じていただけると思いますね。

前田 それはぜひ知ってほしいな。学校の先生たちは、そういうことを文部科学省の人から言ってもらえると、すごく心強いはずです。

板倉 ありがとうございます。そこは本当にそう思いますね。

前田 いま、Society5.0注2という言葉もだんだんと広がってきつつあるのですが、学校の教員からすると、いま一つピンと来ない。ただ空中にドローンが飛んで、自動車が自動運転になってというような、そんな時代が来るんだなあと漠然と感じている程度です。

そんな社会に向かうということを、まだ十分に意識できていないように思っているのですが、その辺り、これからの社会形成をする上での学校の役割みたいなことはありますか。

板倉 Society5.0という言葉は、政府の報告書でも閣議決定された文書に載っているような言葉で、これからも広く使われていくと思います。今、日本の教育が大事にしたことというのは、Society5.0時代になっても、確実に生きてくる部分が多いだろうと思っています。

人間が得意なことはいろいろありますが、例えば、先般開催されたラグビーのワールドカップでも話題になった、チームで何かをするといった力。これは日本の学校教育が非常に得意とするところだと思います。

この前のPISA2015注3で、協同問題解決能力がOECD加盟国32ヵ国で1位だったのですが、そのような力は、まさに人間でなければできないことで、そして今まで日本の学校教育が大事にしてきました。

ただ、Society5.0の時代というのは、人間らしさとは何かということをあらためて問い掛ける時代なのではないかと思っていまして、人間でしかできないことというのは、実はかなりの部分、日本の学校教育がこれまで重視してきたことなのではないかと思います。

教科教育もそうですが、それ以外の学級活動、学校行事、学校給食、部活動……。それらは日本の学校教育が頑張ってきたところだと思うんですね。教科教育だけではなくて、もっと広い観点でやってるという、全人的な部分、そこはおそらく、これからSociety5.0の時代になっても、軸として変わらないだろうと思います。大事なことは、むしろ、そこを変えずにその上で、新しい技術を、どう使いこなしていくかということかなと思います。

そして、それによって、人間でしかできないことに、よりフォーカスしていくと。機械でできること、コンピュータにできることはコンピュータに任せて、より子どものことを考えたときに、人間でなければならないことをやっていくことが大事なのだろうと思います。

注1)PIAAC(国際成人力調査):OECD加盟国等24か国・地域(日、米、英、仏、独、韓、豪、加、フィンランド等 )が参加し、16歳~65歳までの男女個人を対象として、「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」及び調査対象者の背景(年齢、性別、学歴、職歴など)について調査したもの。平成25年10月8日公表。(http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/Others/1287165.htm

注2)Society5.0:サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。
(内閣府 https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html より)

注3)PISA2015:OECDが進めるPISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査の2015年版。PISA調査は15歳児を対象に読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について、3年ごとに実施される。(http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html#PISA2015