【横山験也のちょっと一休み】№.3802
小学校の道徳というと、1時間の授業として行われる道徳と、国語や理科など道徳以外の授業中や、給食、掃除、休み時間などに行われる道徳があります。
これを便宜上、「大きな道徳」「小さな道徳」と言い分けています。
大きな道徳:1時間の授業として行われる道徳。
小さな道徳:大きな道徳以外の時間に行われる道徳。国語や理科、休み時間などの道徳。

この分け方は実にわかりやすいので、算数的な分け方と思っています。
とはいっても、小さな道徳がどういうものか、よくわからないかと思います。
先日にも書いたことも含めて、事例を2つ話します。
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随分と昔の話になります。
授業中に机間巡視をしていると、一人の子がとても短くなっている鉛筆を使っていることに気が付きました。それまでも、目にはしてきたはずなのですが、この時は、なんというか「これは、ほめなければ」という思いに駆られ、「おおっ、こんなに短くなるまで使っているのか」と取り上げ、まさに素晴らしいという思いで、他の子にも見せました。
これだけのことですが、「物を大切に使う」という小さな道徳をクラスの子に知らしめたことになります。
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これが「小さな道徳」の一つです。
この翌日のことですが、短い鉛筆を持ってくる子が増えました。
「小さな道徳」がちょっと効いたのです。
もう一つ、話しましょう。
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これも、昔の話です。
教室で整列をして、体育館に移動することがあります。
ある時、私が先頭に立って移動しました。教室を出て少し歩いた程度の所で、廊下の隅に丸められたちり紙が落ちていました。
何気に、それを拾いました。
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これも「小さな道徳」の一つです。
たまたま私のすぐ後ろを歩いていた女子が「先生、いいことするね」と言ったので、にっこりしてそのまま歩き進みました。
それからしばらくの間、ゴミを拾う子が目に着きました。
何気ないゴミ拾いも「小さな道徳」なのです。
こういう大したことではないのですが、どことなく道徳っぽい行為や話があります。多くの先生が、ごく普通にこういうことをされています。
平素に行われるこれらのことをまとめて「小さな道徳」と呼んでいます。
小さな道徳ですから、板書をすることもありませんし、発問をして子どもたちに考えさせることもしません。ですが、子どもたちの胸に響くものがあるようで、まねをする子が出てきます。
善には見習いたくなる気持ちにさせる力があるのでしょうね。
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この『道徳読み』の本には、「大きな道徳」で使える道徳の授業の方法が記されています。道徳の授業で悩まれている先生、一度、読まれてみてはいかがでしょう。

