横山験也のちょっと一休み】№.3824
大阪の野口塾。野口先生の発問道場は「ごんぎつね」でした。
久しぶりに、国語を堪能した思いでした。
作品の最後の部分。
「ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよってきました。うちの中を見ると、土間に、くりが固めて置いてあるのが目につきました。」
どなたかの発問で、土間を見た時のことが問題となりました。野口先生はじめ会場の皆さんの雰囲気は、ごんが家の中で悪さをしていないかという思いがあり、土間を見たとのことでした。
ウ~ムと思ったのは私です。そういう記述も少し前の所にあるので、わからないでもないです。ですが、これはシステム1による関連付けが満たさた状態にはなりますた、肝心の話の展開が抜け落ちています。
何気に見たら普段は無い栗が固めてあったので、それが目に付いたのだろうと、私には思えました。この方が、いいだろうという思いもありました。指名されたので、そのように話したのですが、周囲は本文に書いてあることに忠実でした。
もし、「ごんが家の中で悪さをしたのではなか」という思いで土間の方を見たのだとしたら、そのような短い句を書いておくべきです。「家が荒らされたのではないかと思い土間を見ると」などと。大した分量ではないので、書くことは可能です。しかし、こんなことを書いたらどうなるでしょう。
この場面は話が急展開しているところです。のんびりしている場面ではありません。ドンと撃って一気にお前だったのか、という気付きに流れていく場面です。
そんな急な流れの時に、ごんがいたずらをしていないかという思いを想起させると、栗の塊は神の仕業という以前の世界に引っ張られる可能性を含んでしまいます。ここは、栗とごんを一気に結び付けるところです。それが結びつきにくくなります。
流れに逆らわない。そんな思いで読んでいたので、皆さんとは思いが違いましたが、私は実に充実した思いでいました。
これとは別に、この作品は「道徳読み」をしたら、子ども達もあれこれ気付くだろうなと思いました。
それほどまでに、道徳がよく表現されている作品だからです。
いつか、道徳読みを実践している先生と、「ごんぎつね」の道徳読みをしてみるのも楽しそうと思った次第です。
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『道徳読み』この本に、「道徳読み」が書いてあります。
道徳に関心のある先生におすすめです。

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