【横山験也のちょっと一休み】№.3583

あけまして おめでとうございます
みなさまの ご多幸を お祈り申し上げます
本年も どうぞよろしくお願いいたします

新年のあいさつには、「、」や「。」をつけません。
卒業証書なども伝統を重んじて「、」や「。」はつけていません。
句読点の無い文を見ていると、妙なもので少しホッとする気持ちになります。

古い文献などを見ても、そこには句読点がないので、昔の日本人の文章にはそういうものはいらなかったのでしょうね。
句読点が無くても文章として読めるのが、もしかしたら日本語なのかもしれないと思うことがあります。

句読点の無い文章にホッとする感覚を持つと、今度は句読点のある文章がちょっとくどいと感じられてきます。カチカチしている感覚です。
また、ここで一息付け、ここで休め。なんだか、少々書き手に命じられている気分にもなります。
句読点は読み手ファーストではなく、書き手ファーストなのかもしれません。

そんな風に思うこともあるので、句読点を書かずにブログを書こうかと思ったこともありますが、つい癖で句読点を打ってしまいます。
それを後から消すのも滑稽なので、文章は今までどおりに打っています。

暮れから老荘思想の本を少し読んでいます。
昔、老荘を読んだ時はついていけないほどの嫌悪感を感じましたが、年を重ねたからでしょうか。今回は愉快さを感じています。
その老荘の本を横目に、ディスプレイに向かってプログラミングをしています。
このアンバランスが実はいいバランスになっていると感じるお正月です。
今年も楽しい1年になりそうです。