■3 「未来の教室」とEdTech

前田 「未来の教室」とEdTech注4に関して、学校現場ではまだ認知度はあまり高くない。私自身それに関わっている部分もありますので、広げていきたいという気持ちもあるのですが、そもそも「未来の教室」って一体何なのかということを説明していただけますか。

浅野 「学びをSTEAM化注5しよう」というのと、「学びを個別最適化しよう」ということが、私たちのコンセプトです。STEAM化と言っているのは、何か価値を「創る」ために「知る」学びにすること、仕入れた知識を価値創造に活かす学びにしようと。このグルグルっと描いてあるこの楕円のサイクルを実現しようということですね。そして真ん中にワクワクする気持ちがなければ、プロジェクトは動かないから、一人一人のワクワクを大事に引き出す。

不謹慎な言い方かもしれないけど、ぼくだって例えば「サービス政策課の業務を止めて、災害現場で指揮をとってくれ」って組織から打診される時に、それは意気に感じるから応じるんです。

自分が被災地に入って被災者の生活にどう貢献するかという風景を想像して、自分で自分に対して結構重たいミッションを課しながら、現場が変化していく様子を考えるとやはり士気は上がる。そのときに、ぼくだって、その場でスマホを頼りに仕入れる知識がいっぱいあるわけですよ。現場を見て、この現場のリスクは何か、その場でぼくらも調べているわけですよ。蓄積だけでできません。

でも、そこで必要な過去の事例を知り、その教訓を踏まえて新しい現場で結果を出す。この「創る」と「知る」のサイクルが循環すればいい。

前田 なるほど。

浅野 例えば先ほどの、雑然とした中で200人が寝ている光景を目の当たりにしたとしますよね。ぼくらは、その場に何のリスクがあるのかという事前知識なしで行かされるわけです。それでも検索サイトで「避難所」「雑魚寝」「リスク」と3つくらい単語を入れれば、エコノミークラス症候群と低体温症の危険性があるということくらいすぐわかるわけですよ。

前田 確かに。

浅野 ついでに、その2つの病気を防ぐにはどうすればいいかだって、調べれば出てくるんです。「ダンボールベッド」とかって出てくるんですよ。調べたら答えが出てくるのだから、だったらやろうという話です。それは健康で安全な避難所運営という名のプロジェクトを「創る」ために「知る」ということじゃないですか。

何かの答えを自分でつくるために、知識を仕入れて回していく、このサイクルが学びの中心です。

もちろん、仮に学校の授業でこういうお題に取り組むとしても、この事例は災害や生命といったテーマに関心がある子には面白いだろうし、いやいや私は純粋に整数論とか理論構築的な世界に没頭したいというんだったら、その子はそこに邁進していればいい。みんな同じテーマを探究する必要はなくて、テーマは人それぞれだと思うんですよ。

必要な基礎知識の仕入れ方だって、本を読んで学ぶのが好きな子もいるし、動画を見るのが好きな子もいる、AIドリルで反復するのが好きな子もいるし、いろいろでしょう。だったらそれぞれの学習計画で、それぞれのインターフェースがあって、それぞれに最適化された学び方が必要でしょう。「個別最適化」と「STEAM化」が、未来の教室の2本柱です。

前田 そのときにEdTechが必要になってくるってわけですね。

浅野 そうです。例えばこの図です。これは、学校教育法に基づいて学年と教科ごとに標準授業時数がこれだけあります、と定められてはいますが、1人1台の情報端末を渡して、自分に合ったEdTechを選べるようにすると、数理や言語の基礎力の構築や、いわゆる基礎知識の投入は、これだけの時間でやれるだろうという図です。

これ、実は、小学校や中学校の先生たちがアダプティブラーニング用に学習塾が開発したAIドリルを実際に使ってから立ててくれた仮説です。そして、それを試してみようというのが、未来の教室実証授業です。

前田 アダプティブラーニングに関しては、まだ一般的に認知度が高くないと思います。具体的にどういうことでしょう。

浅野 最近有名になっている事例として、東京の千代田区立麹町中学校を舞台に進めている数学の授業改革プロジェクトがあります。タブレットとAIドリル教材を生徒一人一人に渡して、渡したAIドリル以外の教材の使用も許して、自学自習や協働学習の中で学ぶ。昨年比2分の1の時間で、ほぼ全員の生徒が一応一通りの知識を習得できてしまいました。

テストの平均点も(平均点ではありますが)、AIドリルを使ったクラスの成績が、一斉授業を行っている上位クラスに、どんどん近づいている。上のクラスの真ん中の成績を超える子も出てきました。

時間に余裕ができるので、中学1年のクラスで中1の学習内容が終わってしまったら、中2の内容へと進む子たちも出てくる。さらにそれでも余裕ができるから、数学って結局何の役に立つのか、プログラミングで体験するようなこともできる。

前田 なるほど。


浅野 それ以外にも、ぼくらはいま、数学とか理科にすごく重きを置きながら、社会と数理を近づけようとしています。その代表事例として、三重県の教育委員会と日産・ホンダ・デンソー等の企業、東京学芸大学等と一緒にやっているプロジェクトがあります。自動運転と電気自動車とライドシェアで構成される新しいモビリティー社会を三重県内につくってみるというテーマで進めるSTEAM学習の試みです。

このテーマで取り組むうちに、「AIって何か」という問いが当然必要になる。AIはどんな仕組みで、何ができて何ができない性質のものなのかということを知る必要が出てくる。すると、高校数学のオンパレードです。行列とか漸化式とか確率統計なんかが出てくるし、サイバーセキュリティーを確保しようという話であれば、暗号数学の世界になってくるんですね。

一方では、道徳的な論点もあります。仮に自動運転の車が制御不能になったときに、最終的にどういう判断をするプログラムを作らなきゃいけなくなるのか、とか。自動運転の社会では交通事故の法的責任を誰に問うのかという結構難しい論点もあり、科学技術の進歩と法の関係なんてことも考えなくてはいけなくなる。

一つの社会を新たにつくるには、いろんな知識を総動員して、さまざまな論点を検討してかなきゃいけない。それは難しいけど楽しいよね、そういう経験を重ねながら総合力を付けていこう、というものです。

前田 そこにEdTechなんですね。

浅野 例えばそういうプロジェクトや地域で何かをつくっていくときに、情報を集めるじゃないですか。その時パソコンがあってインターネットにつながってることによって、たちどころにわかるわけですよ、ネット上のあらゆるところから調べられますから。

世界のどこかでそれをつくろうとしてる人たちがどんな議論をしているのかも簡単に調べられるし、その背景にある原理なんかもスマホやパソコン、インターネットを使って学ぶこともできる。最終的に社会をつくっていくための試行錯誤に向かっていけばいいんです。

前田 それらはいま経産省で進められているところかと思いますが、基本的に文科省も同じ方向に進んでると考えていいわけですか。

浅野 そう思います。文科省の言葉をよりわかりやすく言いたくて。「主体的で対話的で深い学び」って、ぼくたちのなりの言葉で言い換えると、『「創る」ために「知る」学び』なんですよ。

注4)EdTech:Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語。教育にテクノロジーを投入して教育環境を変えていこうとするもの。

注5)STEAM:理系学問である科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematic)を統合的に学ぶ「STEM教育」にArt(芸術を含む人間の創造的なもの)を加えた、人間を大切にするという思想を核とする人材教育。前田康裕『まんがで知る未来への学び2』(さくら社)p36~38に詳しい。