■5 「ぼーっと座ってんじゃねぇよ」

前田 私は学校教育に30年間いた立場で、先生のいろいろな思いを背負っているところもあるのですが、そういった学校の先生方に対して言いたいこと、伝えたいことはありますか。


浅野 もう変えなきゃいけないんだ、ということです。
昭和の工業化社会というレジーム(体制・制度)の人材育成で世界のトップに君臨したわが国の教育が、Society5.0の現代社会にあっては機能不全を起こし始めている。この現実に目をつぶってはいけない。ここがまず重要です。

前田 世界一だったからこそ、成功体験があるために、そこから脱却できないということですね。

浅野 そうなんです。歴史を振り返れば、あるレジームの成功者が成功に酔っている間に、次のレジームでは破滅の道に向かってしまう事例など、いくらでも見つけられるはずです。

だから、「次の世界一」の教育をまた作ればいい。そのためには、「今の学校の当たり前」をやめて、ゼロ・ベースで見直す必要もあると思います。文科省は学校現場やPTAが混乱しないように、とものすごく気を遣う人達が多いから、どうしてもメッセージは弱くなる。でも、ぼくらは、そこらへんをはっきり言えます。「生き残るためには、変わらねばならない」ということ。

例えば、ここまで言っていいのかはわかりませんが、アクティブ・ラーニングを標榜する新しい学習指導要領の周知を図るにしても、「伝達講習会」という名前で文科省から各県の教育委員会に対して伝達して、県教委が市教委に講習会して……そんなやり方を続けているから伝わらないんじゃないかと思うわけです。

文科省で新しい学習指導要領をまとめた人は、「浮き足立つな、しかし抜本的に変えよう」という強いメッセージを込めたはずですし、ご自身でリスクをとってご著書まで書かれている。しかし組織全体がそのくらいの勢いでやらないから、現場に届いていないわけです。

あえて「友人」として言いますが、文科省は、教育現場とのコミュニケーションの在り方を本当に変えるべきだと思います。新しい学習指導要領の徹底のために若手の職員を日々現場に送り、現場に寄り添って汗をかき、徹底的に泥臭く現場と議論しないと。

前田 たしかに、届いていませんね。

浅野 「浮き足立つな」と言っていますが、浮き足立つのはたしかによくないけれど、ぼくは、「尻に火は付いている、全力で変えよう」、ということだけは申し上げたいです。

前田 そういう時にテクノロジーを使おうという発想はあまりありませんよね。今までやってきた通りにやらなくちゃいけないと思っているので。

浅野 従来型の「伝達講習会」じゃなくて、ほかに何でもやりようはあるでしょう。インプットはビデオメッセージのほうが効率的でしょうし、より対話的なワークショップを頻繁に行えば深い理解に繋がるかもしれません。少なくとも、上意下達の伝言ゲームよりはいい。

前田 なるほど。それでも、昔ながらのレクチャー型というのは、高校、大学の先生にも結構多いと思いますけれども。

浅野 もちろん、講師の側に相当な話力がある場合は、一斉型のレクチャーは効果を発揮するかもしれません。しかし、こうした政府と教育現場の間での共通理解の醸成の場でも、「主体的で対話的で深い学び」を体現しないといけないですよね。

ちょっと話題が変わるんですが、もうひとつ言いたいことがあります。これから働き方改革が進み、子ども達は「ポスト働き方改革の社会」に出て行くことになります。この「ポスト働き方改革の社会」っていうのは、自分の就業場所も就業時間も自分で決めて、副業も兼業も当然で、対面とテレワークとテレビ会議を自在に組み合わせて仕事する社会です。

そこでは、今の学校で育てている「決められた場所に、決められたクラスメートと、決められた時間だけ静かに座って、先生の話を聞いてノートをとってテストで点を取る」力とは全く違う力が求められていくわけです。

前田 でもそれって、結構ハードルが高くはありませんか。

浅野 超高いです。ハードルが超高いから教育を変えないといけないんじゃないでしょうか。だけど、子ども達は「ポスト働き方改革の社会」に出ていく。つまり、「ぼーっと座ってんじゃねえよ」の社会に出て行くわけですから。

前田 その言葉、すごくいいですね。

浅野 雑ですいません(笑)。だからこそ、それを前提にして教育をもう一回つくりなおしましょうよ、ということです。特に、「生徒一人一人が自分なりの学び方を選ぶ」「自分で自分の時間割を作る」「創るために知る学び」というのは、重要なアクションになると思います。

実は先日、シンガポールがホストした「アジア教育政策サミット」っていう、各国の教育政策担当者が集まる会議に呼ばれて「未来の教室」の話をしてきたんですが、各国、みんな同じ話をしていましたね。主体性、21世紀型スキル、Future Ready Skill、STEAM、個別最適化、もう、その場にいた全員、同じキーワードで話をしていました。

つまり、日本と同じく「工業化社会の教育」をやってきたアジアは、みんな同じ課題に向き合っているといことです。世界がみんな変わろうとしているんだということです。

これまでアジアの諸国は、日本の教育を見本に見てやってきたかもしれない。だけど、「そろそろ違うね」ということになってきて、みんな「新しい道」を模索している。日本は工業化社会の教育のチャンピオン。しかし、世界は明らかに違う方向に向かい始めた中、このままで大丈夫ですか、と思わざるを得ない。

前田 大丈夫だと思ってますか?

浅野 全然大丈夫じゃないですよね。だから、置いていかれる前に変わろうと言っているわけです。「日本はアジアの目標です」とか言われていたのは昔の話。自分に酔っているうちに、気づいたら独りぼっち、その上、ビリになっている恐れ大だと思いますよ。

前田 とてもよくわかります。私、昨日集中講義だったんですけども、基本は1人1台タブレット端末を使って、情報モラルで今何が問題なのか自分たちで調べようという課題を出しました。すると、知識が教師を超えていくわけですよね。今まさに起こってる問題に接するわけなので。そういう学習をどんどんしていかなくちゃいけない。

浅野 「主体的で対話的で深い学び」とは、まさにそういうことじゃないですか。

前田 非常によくわかりました。本日はたいへんありがとうございました。

(了)