■4 1人1台の情報端末


前田 この12月に閣議決定された経済対策の中で、1人1台の情報端末と高速通信網を国策で導入するという政策が盛り込まれましたが、これは国際的に見てもそういう動きなんですか。

浅野 子どもの情報端末が何人に1台あるのかという話は、小国と大国で相当違いがありますし、アメリカや中国でもバラツキがあって、1人1台の学校もあれば、そうじゃない学校もある。 ただその中でも、日本では、今までは学校ICT化を地方自治まかせにしてきて、結果として先進国の中で最低水準にある、というわけです。

前田 他国でも、全部自治体がやっているんでしょうか。

浅野 そこはいろいろだと思います。政府のバックアップを含めた自治体負担と、BYOD(Bring Your Own Device)つまり家計負担など。日本の場合は、学校ICT化によって教育をどんな風に豊かに変えるか、という主体的な議論が、残念ながら一部の先進自治体を除いては、10年経っても20年経っても残念ながら湧き起こらなかったわけです。

なかなか主体性を持てない地方自治の覚醒をただ待っていても仕方ないので、だったら最初は「国家の意思」を示すしかないよね、ということでこの12月に閣議決定した経済対策の柱のひとつにしたのが、文部科学省に計上したGIGAスクール事業の補助金です。

前田 情報端末が一気に学校の中に入ってきたときに、自分たちで問いを見つけて、コンピュータでネットにつないで調べものしてどんどん解決していくような授業って、今までのスタイルとずいぶん違ってきませんか。相当抵抗があるのではないかという気もするのですが。

浅野 そうでしょうね。だからおそらく、すごく簡単なことから始まると思います。ぼくは、調べ学習から始まると思います。理科や社会や技術や家庭や体育での調べもの。あと、プログラミング学習では当然すぐ使われますね。そのあと、英語や数学で使いやすいアダプティブラーニングのAIドリルの活用なんかが普及しはじめるんじゃないかと思います。

今まで本当は先生の言っていることがよくわからなかった子達が、みんなの前で質問して恥ずかしい思いをせずに、わからない原因の単元まで戻ったりできるようになる。

子どもたちはきっと、ちょっとしたインストラクションで使い始めると思うんです。だから、先生たちの準備ができていないなんていう理屈は、あまり気にかける必要はないと思います。うちの実証事業を見ている限り、先生たちよりも子どもたちのほうが、きっと、さっさと使い始めますね。

前田 私もいま、熊本市内のカリキュラムを作っているのですが、子どもの方は全然心配していません。それでも先生たちが使わないって言ってしまったら意味がないので、先生たちに「なるほどこれだったら使えるね」と、納得して使っていただかないといけないと思っているんです。

浅野 ぼくも東京の町田市立第五小学校の事例を見て、先日も同小の先生たちからじっくり話を聞いたんですけど、彼らも最初不安だったと。それでも子どもたちが使い始めたら、安心して追い付けるよねと言っていました。

つまり、子どもが最初に変化して、おそらく先生たちはそれに追い付くはずですよ。ただそこへのサポートは重要です。混乱もいろいろあるでしょうし。

前田 熊本市が比較的うまくいっているのは、ICT支援員が結構いることもあると思います。20人くらいいるので、すぐにサポートに入れるというのはあると思うんですよね。

浅野 今回ぼくらは、この1人1台に際して、「3クラスに1クラスを2022年度までに」という目標を掲げたばかりの文科省さんと議論して、より野心的な「1人1台を数年内に実現する」という目標を一緒に掲げました。

文科省は「3クラスに1クラス分を2022年度までに」という目標を掲げて財政当局とも合意してしまっていた手前、自分から「やっぱり1人1台がいいです」なんて言い出せません。だけど、経産省も一緒に戦うから、独りにしないから一緒にちゃぶ台返しをしようと。それで夏には国のAI戦略に盛り込まれ、秋には安倍総理による「国家としての意志を示したい」という言葉をいただけたので、一気に進める流れになりました。

ただぼくたちも、1人1台をこの先ずっと国費で配り続けるなんていう政策を続けるつもりは全くありません。学校ICT化は地方自治と家計負担でやるべきものです。だって、パソコンは新しい文房具、学びの必需品ですから。当然ながら、今後は学用品費の見直しもしていってもらいたいと考えています。

前田 どういうことですか。

浅野 つまり、最初の1回だけは国費でパソコンを配ります。その間に、各地方自治体において、その次の準備をしてほしい。3年も使えば学校ICTの価値はわかるはず。その「猶予期間」の間に、その後は地方財政で学校ICTを支えるという方針を議会でしっかり議論し、PTAとの間でも学用品費などの見直しを議論してください、ということです。

例えば、小1から中3まで、今でも家計の学用品負担は相当な額になります。その中身を見直せば、タブレットくらい買えるはずです。ランドセルでなくリュックサックで十分ではないか。算数セットや習字セットや絵の具セットやいくつもの辞書は共有にできないのか。ピアニカ、何本もあるリコーダー、高い修学旅行など挙げればきりがないですが、家計負担による学用品支出の中身を精査して、タブレットを買うお金を捻り出してほしいです。

あとは、生活保護を受けるご家庭のことを考えて、就学援助金の対象リストにパソコンを入れる措置が欠かせないでしょう。そういう見直しを、自治体がちゃんとやる。そのための時間を、国としては与えたい。少なくとも経産省の私の思いは、そういうことです。

前田 なるほど。すると先生方にとっては、新しい文房具として使えるような、学習の組み立て方ができるスキルが必要になってきますよね。

浅野 そこが非常に重要で、全国行脚をして「未来の教室」実証事業の内容を再現する「未来の教室キャラバン」を始めました。経産省もやるから、文科省も一緒にやってほしいと思うのです。

ぼくたちはとにかく、「未来の教室」実証事業でたくさんの授業プログラムをつくって、これを地方に行って実際に先生たちに触れてもらって、先生たちが先生たちを教えるという、そのネットワークをつくっていきたいんですよ。

前田 それはとても大事なことですね。

浅野 今回の実証事業、いろいろな学校でやっている授業でも、何人かの先生たちが覚醒して、その覚醒した人たちが周りを説得し始めた。そういった先生方がまさにアンバサダー(大使)となるわけです。

前田 なるほど。つまり「未来の教室」というのは、先生たちの中に、ある意味で革命を起こしてくれるような人たちを増やすという活動なんですね。

浅野 そう。そういった仲間を全国につくって回る。キャラバンの役割はそれなんです。現在のモデル校の中でも、そういうインフルエンサー、つまり影響力をもたらせる人、がたくさんいるし、キャラバンに参加して体験してくれた先生たちには、ぜひ新たなインフルエンサーになって広めていただきたいと思っています。

前田 なるほど。だんだんやりたいことがわかってきました。一方で今度の学習指導要領では、「社会に開かれた教育課程」を謳っているんですけれども、具体的にどういうことが行われるべきだと思われますか。

浅野 先ずはいろいろな企業の参画。地元の企業さんに関与してほしいなと思います。

例えば、ぼくたちが進めている「スマート農業を実現する」というテーマのSTEAM学習プロジェクト。農業高校ってSTEAM学習のいいフィールドになりますね。従来の農業高校の教育カリキュラムを「未来形」に変える挑戦を、ここで実現しようとしています。

さらに、農業、工業、商業だとか情報だとかいう専門高校の枠を超えた総合学科的な学習空間を広げることです。地域内の他の高校生や中学生なんかも、さまざまな形で入って来られるような場所をつくりたい。その時に地元の農家さんとか、電気工事さん、IT屋さん、皆さんのご協力が絶対に必要になるわけですよ。

例えば、生徒たちが草取り用のラジコンボートを自動運転にしようなんてアイディアを形にしようとした時に、地元の企業さんが自分のところの廃材や部品の余りを無償で提供してくれるとか。本当に例えば、の話ですよ。

他にも、どこの町でも企業さんの持っている、技術、技能で教えてあげられるものがたくさんある。基本的な解説、やり方なら、動画化してみんなが見られるようにすることもできる。だけど、実際に自分でやってみて、誰かとコミュニケーションを取りながらやりたいと思ったら、教えてくれる人が近くに、地域にいる……。企業さんとのコミュニケーションというのは、社会に開かれた教育課程をつくる上で、必須だと思うんですよね。

前田 ですよね。ただ今まであんまりそういう経験がないんですよね、学校は。一つは学校で、企業とつながることには相当抵抗があって、ともすれば癒着してるんじゃないかとういうような批判も出たりする。だから、校長先生たちもそういうことを得意としていない部分があるんです。

浅野 でも、そういう文句を言ってくる外野が居たとして、ちゃんと先生たち自身が怯まず説得して守り切る、そういう背中を生徒に見せることの意味は大きいと思うんですよね。


前田 すごくよくわかります。熊本市も企業と組んでICT化を進めていますが、非常によくサポートしてもらっています。今まではどちらかいうと、ただ単にハードウエアを持ってきて、あとはなんとかやってくださいねというだけだったのが、稼働率をきちんと出してくれたり、研修のサポートしてくれたり、さまざまな形でフォローアップしてもらうようになりました。

それによって自分の学校がうまく使えているのか検証する材料になるし、それが先生たちのモチベーションを上げることにもつながっている。私の立場からすれば、それによって学校比較もできるわけですよ。つまり、学校教育だけじゃサポートしきれないところを、企業とか外部の団体がうまく連携してくれる、そういった連携ができることはすごくありがたいんです。

だから経産省としては、学校に、企業と一緒に教育を変えていくような、そういうサポーターになってほしいということですよね。

浅野 そういうことです。

前田 ただ、学校の関係者には、経済という言葉に対してなんとなく違和感を感じる人がけっこういます。

浅野 そこは不思議ですよね。「生きる力」の土台は、「価値を生んで、お金を稼ぐ」という経済活動なのに。

前田 おっしゃるとおりです。そういった意味で、ダイナミックな改革をやろうとしてるということですよね。

浅野 そうです。「生きる力」が何かっていったら、まずは自分の食いぶちを稼げる力ですよね。お金もらうには、何か価値を生むことができる力が必要ですよね。そして、社会、他者に対して何か貢献できる市民としての力。そう考えれば、答えは自明だと思うんですよ。