【横山験也のちょっと一休み】№.3003

日経の記事にコロナで学校へ5.5か月も通えなかったとユネスコの調査結果が出ていました。
影響を受けている児童生徒は8億人です。
そのコロナはまだ続きますので、この数も伸びていくものと思います。


こういう状況を知ると、今は何もできなくても、いつかそれなりに何かをしたいという思いが湧いてきます。
何ができるか、それもよくわからない状態ですが、こういうことが頭に引っかかっていると、ある時、ふと妙案が出たり、偶然出会った方々と共に前進をしたりと、思わぬ方向に動き出すことがあります。

わり算の筆算のアルゴリズム「立てる・かける・引く・おろす」を超えられず、いつかはきっと超えてみせると思っていら、10年以上もかかりましたが、「スイートポテト」を生み出しました。

立体の体積の中身をどうにか子ども達に簡単に伝えたいと思いつつも、ままならかなったのですが、これも「いつかはきっと」と思っていたら、これも10年以上たって「体積の重なり君」を生み出すに至りました。

算数ソフトの開発したころも同様でした。いつかはアフリカ・南米へと思っていたら、ルワンダに行くことになりました。

だからと言って、5.5か月の休校への思いが同様に形作られると保証されているわけではありません。
ただ、頭に引っかかっていると、それが何かに絡まって、良い方向につながりやすくなるので、私は今回の記事を強めにインプットしたいと思ったのです。

それでも、10年以上かかってしまうと、私もそれなりに年齢を重ねてしまうので、できれば、もうちょっと早い方が良いなぁと思うのですが、こればかりは自分で自由になりません。
そう思うと、少々神妙な気持ちになり、「神様とは友達でいられるように日々過ごすこと大切なのかもしれない」と思ったりしています。

印象深い記事を読み、気持ちが前向きになりました。

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